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Dec 30, 2015

お宮参り


生後1ヶ月くらいのところで(地域によって細かく31日とか33日とか決まってるらしいけど)行くもの。

うちの赤子ちゃん、昨日で無事1ヶ月になりました。という訳で。
行ってきました。こんな年末ですけど。
年明けたらしばらく神社は人混みだから赤子を連れて行けなくなるし、ということになりまして、日程通りに行くことに。

でも、寒い。
なので、本人を抱っこしてるのか布の山を抱っこしてるのか分からない勢いで温かくしました。
短肌着、コンビ肌着、小さめの服、大きめの白い服、もこもこのパンダの外着、白いおくるみ、さらには新生児用の靴下まで。
もう、完全にもっこもっこの着膨れ(笑)

そして、お宮参りですから、その上には祝い着。
なんとレンタルではなくて、ちゃんと紋付!
今回作ったものではなくて、義妹さんが赤ちゃん時のものが残っていて、それを使わせていただきました。
ありがたや。

肝心な赤子ちゃん本人は。
昨晩が夜中になぜか目が爛々となり元気に起きていたこともあり、朝爆睡。
それでも前半はなんとか起きていて、目が開いた写真も撮れました。
ご祈祷をしてもらってる間、本殿をきょろきょろ見ていたものの、その後再度爆睡し後半は完全に寝てました(笑)


私の忌明けでもあり、赤子ちゃんが無事に1ヶ月育った感謝でもあり。
元気に幸せに大きくなって行こうね。

Dec 25, 2015

クリスマス



クリスマスでもあり、一ヶ月健診でもあり、専門医試験の合格発表でもあり。

結婚一周年に結婚式、妊娠出産、試験たち(国際ラクテーションコンサルタント、小児科専門医)と盛りだくさんだった今年の締めくくりの二日間でした。

写真は家族が買ってきてくれたケーキにベリーたち。
すごく幸せな一年だったと改めて思いました。
サンタさん、元気な子に合格にと、素敵なプレゼントありがとう。

メリークリスマス。
みなさまよいお年を。

Dec 20, 2015

赤子

赤子を見ていて思うこと。

「臍の緒はもうありません。」
病院で仕事で診てる子達に対しては、臍の緒はもうないから呼吸頑張れ!と応援していた。
家で自分の子を見てると、違う意味で臍の緒はもうないのだよ、と思う。
波はあれど24時間ペースで栄養が来ていた臍の緒。
そのペースでご飯を欲しがられても厳しいものがある。


「おっぱいは動きません。」
もちろん、自分で探してます。
なんなら、自分で気にいる位置に何回でもくわえ直します。
が、くわえたまま気になった方向に顔を持って行こうとするのです。
当然、口から外れます。外したでしょ!と鼻息が荒くなる。
おっぱいは動きません。


「それは私ではありません。」
自分でいろいろやっては、それでビックリして泣いたりするけど、でも、それは自分だよ?と思うのです。
上記のおっぱいもそう。
お風呂に入っていて何を思ったか両手でバシャン!としてビックリして大泣きとか。
おっぱいを手でつかみ、だから口に入れられなくて怒るとか。
それは私ではなく、自分です。


「別に、他の人はおっぱい欲しくないです」
飲む時が一番真剣です。
何をするよりも真剣です。
だから、すごく真剣な怖い顔をして飲みます。
そんな時に誰かが覗き込むと、ギロッと睨むというか、ガンつけるみたいな目つきになるのです。
いや、おっぱいは他の人は欲しくないから、あなたしか飲まないよ、、、と思うのです。
それだけ真剣なのでしょう。


「眠いなら寝たらいい」
どうも、寝ぐずりをします。
眠い、でも上手く寝付けない、という感じなのかな。
眠い、まだ起きてたい、なのかな。
泣いてもいいのです。赤ちゃんだし。起きてたいなり、寝られないなり、本人なりの訴えがあるのでしょうから。
でも、ビェーンと泣いているのを見ると思うのです。
そんなに辛そうに泣かなくても、寝たらいいのに、と。

→ とか思っていたら、泣いたら子守唄、を繰り返すこと5日。安心の歌と覚えたのか、子守唄を歌うとピタッと泣きやんで寝るようになりました。条件反射的な?


とはいえ。
親の自分が言うのも非常になんなんですが、親孝行な新生児です。
昼夜の区別はしてくれるし、ちゃんと飲んでくれるし、何で泣いてるのか分からなくて困るみたいな泣き方をほとんどしないし、お風呂は中で寝ちゃうほど好きだし、向き癖もなくあっちこっち自分で見てるし。
ただ、母は眠い。それだけです。

Dec 4, 2015

母、という感覚って不思議ですね。
 
日齢5。
無事に母児同時退院となり、自宅へ帰宅しました。

テーブルの上に、「おかえりなさい」と書いておいてあったメモを見て、産後初めて、出産時にも出なかった涙が、止まらなくなりました。
帰宅して赤ちゃんを抱っこしたままの状態で、ただただしばらく涙していました。
 
無事に満期で元気に生んであげられてよかった。という思いはもちろんのこと。
帰宅してメモを見た瞬間、母になれたからだと思います。


 
病院という環境。しかも、普段から仕事で携わっている産科の領域。
聞こえてくる用語も理解できてしまう。ナースステーションの大きな画面に映っているモニターも理解できてしまう。心音が落ちていて、と呼ばれていく新生児科の先生を見ては、その赤ちゃんが心配になる。
そんな環境の中で、コットに寝て病院用の肌着を着せられているわが子。
 
どうしても、「わが子だ、出産して母になったんだ」という感覚よりも、主治医としての視点・感覚で見てしまっていました。
入院中からその自覚はありました。母になりきれていない自分。
赤ちゃんはかわいいけど、患者さんの赤ちゃんをかわいいと思うのと同じくらいの感覚。
 
だからこそ、母乳も出が悪かった。
最小限の量とはいえ、ミルクを補足しないといけないくらい、不足していました。
1日に20-25回授乳して、搾乳をして、それでも出なかった。
入院中、母になれない自分が悲しくて悲しくて。

 
 
それが、帰宅してメモを見た瞬間、主治医から母に変わることができたんだと思います。
「担当患者さん」ではなく「わが子」になり。
そこを境に、ミルク補足は不要なくらい、母乳がポタポタ垂れるくらいの分泌になり。
 
遅ればせながら。母になりました。